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      2008/06/12 (Thu) 回復?
      2008/06/09 (Mon) 限界
      2008/06/09 (Mon) 翌日
      2008/06/09 (Mon) 衝撃
      2008/06/09 (Mon) 決断

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今日はNoahの病院の他にもいくつか行くところがあったので、初めて自転車で。
今年の用事は 今年のウ~チ~に♪

いつものようにダウンの中にNoahを入れて、いつもより念入りにダウンの裾を絞り折り返す。
中国の道は舗装がガタガタなので揺れて怖がるかと思いきや、結構平気なご様子。

家を出た時は日が差していたのに、病院を出る頃にはまた曇り空。
いろいろ回って、中国に来て初めて暮らした家の前を通った。
6階建てエレベーター無しの5階で 洗濯物はこんな感じに干しマス
懐かしいなぁ~。。。あの半年間辛かったけど、今思えば良い思い出。
…と飼い主、感慨にふけっている間、Noahは  
にぇ~ どちたの?  おょょょ?ココはどこにゃ?


日本はきっと年越しの準備で大賑わいだろうけど、中国は極々普段と変わらぬ様子。
中国の高速道路  町の様子



Noahをこんなお腹に入れられるのもきっと冬の間だけ。大きさ的にもこの冬が最後かな~
かじぇを感じるぅ~  じてんちゃ 気持ちいいにゃ~
結構気に入っていたりww
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コメント

写真見て言いたいことが山ほどあって、思わず書き込みします。

ちゃいのあさんも上海に来て、それなりに苦労したんですね。
察するところ私より若いし、写真で今の家を見ると、結構優雅な生活だということが良く分かりますが、最初は大変だったでしょう?よく頑張りましたね。

私が始めて上中国に来たのは今から11年前で、その当時は日本で贅沢している私には、到底住める環境ではなかった。
写真のような家は上海だけでなく、地方でもよく見かける光景ですが、そこに住める中国人はまだマシなほうですね。

以前夫は上海以外、慈渓市(当時、上海から汽車+車で7時間)という処に工場を持っていたため、写真のような家を購入し、月の半分は住んでいました。

●6階建てでもエレベータがないため、重い荷物を運ぶのが大変(家具やプロパンガスなど最悪)
●ガスの種火を付けっぱなしだと危険(自然に消える)なため、就寝前は特に神経を使った(ガス中毒の死亡も多い)
●冬場は非常に寒いが、ろくな暖房設備がなく(石油ストーブは灯油が高いので使わない)、窓を開けるため家に居ても吐く息が白かった(ガス中毒を防ぐため)
●お湯が殆ど出ないためヤカンに湯を沸かして使うが、風呂が困った(風呂屋は病気が恐いため、タオルで身体を拭いたり)
●夏には夕食時、水が上がってこないため(皆が使うため)、料理が出来ないこともある(風呂場や沢山の「桶」に水を貯めていた)
●水道から流れる水は、茶色くて汚かったけど、それを沸かして飲むしか方法は無かった(ミネラル水も信用できない)

こんな状態で、最初は思わず洗面台で1人泣いていました。
その後中国もどんどん発展し、今ではそんな生活さえ懐かしく想います。(今の上海の家は市内中心ですが、最初に見に行った家は、ちゃいのあさんが住む地域です)

長々書きましたが、ちゃいのあさんとは、こうした話含めた共通点が多いな!と思いました。
日本は年末から気候が良くなり、新年は本当に暖かかったです。上海の冬も寒いでしょうから、風邪には気をつけてくださいね!
---------- 美齢 [ 編集]* URL * 01/02, 04:14 -----

話がまだあったので・・・・・・

ジャンバーに入ったノアちゃんの表情、凄く訴え掛けて来るものがあります!まるで人間のように(幼児より絶対賢い)、ジーッと景色を見つめて、一体何を思ってるんでしょうか??

実は家のインコは、足が悪くなってからこの1年、毎日私が首から掛けた袋(ペットショップで売られているのを改良した)に入って、バスに乗って(30分)両親宅へ行きます。仕事が終わった夕方、迎えに行ってまた袋に入って家に帰ります。

普通のインコは決してこんなこと出来ないけど、大変賢い子で、黙って袋の中に入って、隙間から外の様子を伺っています。糞は決して袋の中でしないため(してもいいのだが)先にさせますが、時々我慢できず小さい声で「ピー」と鳴いて(人には聞こえない)知らせます。

思えば、小さい時から私の服の中から外を見るのが好きでした。車に乗ったらジーッと外の景色を見て、流れる車を追っていました。今では「バスに乗るよ」と言うと、喜んで袋の中に入っています。
その光景が、ノアちゃんとダブってしまいました。猫と小鳥・・・種類は違っても表情が同じなんですよ!
きっとノアちゃんもお母さんに抱かれて、外に出たい、外を見たいんだと想います。

私は「美玲」と一緒だと、何処まで長い道を歩くのも平気な気がする。雪の降る寒い日でも、心がジーンと温かい。
この温もり、美玲が死んでも一生忘れない・・・・・

どうか、ノアちゃんといっぱい、いっぱい素敵な思い出作ってください。
---------- 美齢 [ 編集]* URL * 01/02, 04:42 -----

>美齢さん
コメントありがとうございます。
いえいえ~今も全然優雅じゃありませんょ~(笑)
彼も私も日本にいたので、中国には最初何も無く日本から持ってきたり、少しずつ買い揃えたので新しい物が多いだけです。
同じ中華系の旦那様がいるお友達にも「(移動をするのに)駐在員の奥様はタクシー、私達は路線バス、○ちゃん(私)は免費バス(スーパーにある無料バス)だもんね」なんて言われてるくらいでw
上の家に住んでた家は、美齢さんがいらっしゃった11年前と然程変わらないかも。
当時は彼のお給料の半分が台湾に振り込まれていたので、マンション代を払うと残りは数百元しかなかったので、最初の1ヶ月は塩と胡椒以外の調味料すら揃えられなかったんです。
飲み水を買えるようになっても、1つ4Lなので牛乳を買ったらそれだけで5kgでそれはそれで重かったし…
冬は義姉宅の内装工事があって、義姉一家(4人+アイさん)とあの家で一時一緒に暮らしていたので、暖房が無くてもそんなに寒くなかったです。(冬場お湯が出ないのは嫌だったけど)
ただ外国人の住んでいないエリアだったので、外に出る度にジロジロと訝しげに見られて、買い物でも何でも全然相手にしてもらえなくて、何も出来ない自分が情けなくて、それが一番辛かったかな…。
写真の陸橋は、前の家から今の家へ越すのに全て自分達でやったので、毎日毎日1人で荷物をたくさん抱えて通った思い出の橋なんです。(1週間で5kgも痩せましたw)
たった1年半前の事なのに、あそこを通る度に懐かしいような泣きたくなるような何だか切ない気持ちになります。

今の家も交通は不便だし、決して環境は良くないし、お友達が増えるに連れて自分の生活が余計に辛く思っていたんですが、ノアに出逢って癒されて、今は本当に毎日が幸せです。

美玲ちゃん…とっても賢いんですね♪
ノアは…どぉなんでしょ?
ただ、本当に大人しいというか引っ込み思案というか臆病だな~と思います。私に要求するにも何だか私の顔色を伺っている所があって。ノアにキツク当たったりしたことはないんだけど…ちょっとした物音や気配でスグ起きるのも、もしかしたら小さい時に辛い目にあったのかも知れません。

日本の年越しは暖かかったんですね。美玲ちゃんの事が心配だったので、ほっとしました。
上海はお天気がイマイチでしたが、中国はこれからが『お正月』ですもんね。
また花火で眠れないのかな…(-m-)ぷぷっ
---------- ちゃいのあ [ 編集]* URL * 01/02, 05:22 -----
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